去る10月11日の仙台でのライブをもって
APOGEEのサポートキーボードを辞めることになりました。
デビュー以前から5年あまりの間お世話になったメンバー4人をはじめ、サポートながら応援してくださったファンの方々、
皆様に心からお礼を申し上げます。
2008年1月より、森ゆに個人での音楽活動をしています。
ぜひこちらにもお立寄りください。
http://www.myspace.com/moriyuni
ほんとうにありがとうございました。
森ゆに
今回は、我が家の白ネコのコメちゃんのお話ではないデスヨー。
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それはAPOGEEライブリハーサルの帰り道でのこと。時刻は23時頃。
最寄りの駅で電車を降りた私は、さっさと帰ってコメちゃんにゴハンをあげようと思い、家路に急いだ。
すると、小さな四つ辻に見慣れたおじさんの姿が。
我が家の2軒となりのクリーニング屋の店主・古屋さん(仮名・推定63才)である。いつも私がクリーニングをお願いするときには、無口でまじめな、いかにも職人らしい方なのだが、なんだか今夜は様子が違う。
「コンバンハー」と声をかけると、
「うぃ~、コんばンはァ~」
分かりやすい酔っぱらい方である。
通り過ぎて15mくらい歩くと、後ろから「内垣さぁ~ん、内垣さァ~~ん」と古屋さんの声。
「クリーニング出しっ放しの服のことかな??」と思い、戻ってみる。
すると、普段とは明らかに別人の古屋さん、
「ねぇねぇ、いま満寿美(仮名・我が家から50mほどのところにある小料理屋)で飲ンでたんダけド、これから内垣さんサぁ、一緒にカラオケ行かなイぃ~?」
ギャフン!!私生活でのファースト・コンタクトは普通、天気の話とかそういうもっとライトなのじゃナイノー??まぁ彼はイギリス人ではないようなので、ムリもない。
「そこにあるサ、あの看板のお店なんダけど、おごるから一緒に行きましょウよ~、内垣さぁ~ん」
最初はちょっと「早ヨ帰ラセテー!コメチャーン!」と思ったが、もしかしたらこれは脂の抜けきった世代の男性の夜の遊び方を楽しむ良い機会なのではないかと思い直し、ついて行くことに決定。
店の名は「カラオケすなっく・プリマドンナ」(仮名)。線路脇のにある築50年は経っているであろう建物の2階。道に看板が出ていなければ、存在していることすら気付いてもらえないようなお店。
幅1mほどの急な勾配の階段をギシギシと昇りきると、そこにはなんとも懐かしい昭和の世界が。
35帖ほどの店内にはバーカウンター、その向かいには小さなステージとカラオケマシーン、そして何枚もの演歌歌手のポスターが貼られた壁に沿って置かれた6つほどのテーブル。
8人ほどいる客は私を除き全員推定60代以上。お店の女の子は全員推定50代以上。……女の子……。
古屋さんと私は、古屋さんのいつものお仲間たちのいるテーブルに案内された。そこには「親分」というあだ名の男性(推定74才・実際にクリーニング業界の親分的存在らしく、特殊技能を持つ数少ない職人であることもあって、多くの芸能人のステージ衣装のクリーニングを請け負っているらしい)と、もう一人「先生」というあだ名の男性(推定68才・元高校物理教師。昨年奥さんと死別。それ以来ちょっと元気がないらしい)がいた。となりのテーブルでは、商店街でよく見かける、なんだかよく分からない酔っぱらった老人(推定78才)が、いつも通り酔っぱらって口を開けて座っていた。
お店のチコちゃん(仮名・推定54才)が「もしかして古屋さんの息子さん??」と尋ねながら、古屋さんの焼酎ボトルを持って来た。そういう設定も楽しそうなので首を縦に振ろうとしたが、一足先に古屋さんが否定したので、楽しみが一つ減少。「なんか歌ってよ」と言われたが、とりあえず歌わず様子を見ることに。
しばらくおじさま方と、親分さんの「古賀政男」先生や「美空ひばり」先生とのエピソードや、古屋さんの奥さん(推定61才・記憶力が良い。いつもキレイな字で領収書を書いてくれる)が仕事熱心なおかげで、いかにダンナが助けられ、遊んでいられるかという話、老人たちの夜の生活における無力感についての話などで盛り上がっていたところ(実際に酒のススむ、ヨイお話であった)、古屋さんに「内垣さん、そろそろ歌ってヨォ~」と言われたので、何回も断るのも悪いし、古屋さんのボトルの焼酎のお湯割り(当然この店にはカタカナ名のお酒はゴザイマセン)を飲んで気分もヨクなっていたので、尾形大作『無錫旅情』を歌うことに。
しかし、イントロが始まってすぐに「しまった!」と思った。曲のキーが低すぎるのだ。別にキーを上げれば問題ないのだが、そうもいかないのっぴきならない理由があったのだ。
というのも、今回この店に来た目的は「脂の抜けきった世代の男性の夜の遊び方を楽しんでみる」ためである、だから郷に入れば郷に従えという言葉があるように、彼らのルールに乗っ取らなければならないのである。
入店時から観察していたのだが、この店ではいくら歌いにくくても誰も移調をしない。だからサビの途中が高すぎても2小節だけいきなりオクターブ下で歌ってしのいだり、低すぎても地獄から誰かお仲間を迎えに来たような声でムリヤリ歌ったり、みんなそれぞれの創意工夫でなんとか1曲を歌い切るのである。(なかには伴奏と全く違うキーで歌う、一般的には音痴と言われる人もいるが、私は久しぶりにそういう人を目の当たりにしてその能力に驚いた。あんな外れ方は多分多くのミュージシャンは真似しても出来ないであろう。マジで)。
私は歌い手ではないが、一応プロミュージシャンのはしくれである。彼らに負けていられない。彼らと同じ条件で闘わなければいけないのである。
1回戦は、まずまずの出来であった。ホントは「#」ボタンを3回ほど押したいぐらいのところを、普段以上にカラダを意識しコントロールすることでカバーすることができた(つもりである。そもそも普段が下手なので、大したことはナイ)。
2回戦は、敏いとうとハッピー&ブルー『星降る街角』であった。1回戦での失敗の経験を生かし、移調しないですむ曲をチョイス。あえてアップテンポな曲にすることで、ついでにリズム感をもアピール。(ホントはスローな曲の方がゴマかせないので(いつもはゴマかしとるんカイナー)、いいリズムで演奏するのはムズいのだが、とかく一般の人にはそういう細かいところは分かってもらえないものである)。
これは他のテーブルのお客さんにも「兄ちゃん、いいねぇ」と言ってもらえた。(が、実際は別に大したことナイノヨー)。
そういえば古屋さんがまだ歌っていないぁと気付き、いつもはどんな曲を歌ってるのか尋ねると、
「『無錫旅情』なんだよねぇ…、内垣さんに先に歌われちゃったもんなぁ…」
と、なぜかヘコみだす。別に同じ曲でも歌えばいいじゃない…。
「いや、同じ曲は歌いたクないんだよネ…。…ねェ、内垣さんさぁ、その代わりさぁ、ギター持って来てるんダから、カラオケに合わせてなンか弾いてヨ」
ギャフン!!ギターやなくてベースやっちゅーネン!つーか、アンプないっちゅーネン!しかも、演歌のベースって、どない弾いてエーか分からんっちゅーネン!!
なんか、先生さんまで「オレもあなたの演奏聴きたいなぁ」と、よく分からんまま言ってくる。
困ったなぁと思いながらも、チコちゃんに歌本を借りてなんか弾けそうな曲を探してみる。
アーティスト名の「あ」から見てみたところ、なんと我らがAPOGEEの曲が入ってるではないか。しかも5曲も。
オドロいて「あ、うちのバンドの曲が入ってる!」と言うと、店の皆もビックリして「なんだ、あんたプロだったの!?」。
すいません…貫禄なくて…。
「じゃあ、あんたのバンドの曲でベース弾いてヨ!」と親分さん。
なんだかいまさら断れないし、古屋さんの唯一の持ち曲を奪ってしまった後ろめたさもあるし、酔っぱらってるしってことで、
「ええい、ままよっ」
と、愛用のフェンダージャズベースを肩にかついで、拍手を背に小さいステージに向かう。
流れ出す『夜間飛行』のイントロ。最初のほうはベースパートがないので、とりあえず我らが永野選手になったかのような気分で歌いだす。しかしキーが高くて、全くもって歌いきれる自信はナイ。そこでベースが入るところで歌うことは諦めることに。そうすると、私に残されたやるべきことは、安っぽいカラオケに合わせてベースを弾くフリをすることのみ。
「なんで、オレはこの都心にこびりついた昭和の残滓のようなレトロなお店で、老人たちの前で、採譜を間違えたチープな音のカラオケに合わせて、たった独りで、自分のバンドの曲の当てブリをしているんだろう…」
真横にはなぜかウットリしてこちらを見つめるチコちゃん。フロアには「聴いたことないし、なんだか難しい曲だなぁ」という顔をした老人たち。
「あぁ、こんなにも自分の想像を遥かに超えた状況ってのには、なかなか遭遇できないに違いない。じゃあ、一期一会であるこの一瞬一瞬を味わい尽くさないと罰が当たるナ…」
なにかを吹っ切ったように次々と繰り出される、普段では決して出来ない、当てブリだからこそ可能なアグレッシヴなアクション。
ムダに速く大きく動かされる左手。弾いてなきゃいけないのに、なぜかサビで振り上げられる右腕。
歓声をあげるわけでもなく、ポカーンと見ている老人たち。なぜかセクシームードのチコちゃん(推定54才。バツイチ)。無関心に店の片付けを始めるママさん(推定72才)。
曲が終わると皆、拍手をしてくれた。カラダはなにかをやり遂げた感覚に満たされていた。
ソファに座ると、親分さんが「レコード会社はどこだい?」と聞いてきたので「ビクターです」と答えたところ、返事は「やっぱりな」。
「???」
「古賀政男だよ」。もはや支離滅裂である。しかも古賀政男さんはビクターじゃないし…。
古屋さんは「素晴らしい。リッパなもんだ」を繰り返す。先生さんは最後まで元気のない様子で、心ここにあらず。
チコちゃんが「これから応援するから、サインちょうだい」と言ってきた。
でも手渡されたのは色紙でもなく、ノートとか手帳でもなく、裏返しのレシート
。
…レシートの裏…。
…。
…熱演したのに…。
「うちの高校生の息子に自慢するの。うちの子、ギターやってて『ゆず』好きだから、きっとあなたたちのこと好きよ」
「…はぁ…ありがとうございます…」
『夜間飛行』を最後にその夜は閉店。
店から送り出されながら、チコちゃんに「また次はバンドのお仲間も連れて来てね」と言われたので「はい。楽しかったのでまた来マス」と答えてはみたのだが、まったくもって誰を連れて行っていいのかが分カラン。さらに焼き鳥屋に入ろうとする古屋さんと親分さんに「アリガトウゴザイマスー。また次回誘って下さいネー(マジで)。おやすみなさいー」と挨拶し、立ち去る。
帰り道、次回に向けての自分なりの課題を見つけた。
「コブシ」である。
老人たちが歌う際にどこにポイントを置いて歌っていたかというと、リズムではなく(むしろ無視)、意外にピッチでもなく、コブシであった。彼らにとって、歌イコール演歌であり、演歌らしいとはコブシが効いているかどうかなのである。であるからして、今後彼らと楽しく仲良く歌って遊ぶためには、彼らの価値観である演歌の様式美に則ったやり方を学ばないとイケナイわけである。
と、このように意外なことをきっかけに、自分のミュージシャンとしての新しい引き出しを開けることが出来たわけであるが、APOGEEファンの皆さん、ご安心を。APOGEEがいくらリアルミクスチャーバンドであるといえども、演歌までをも取り込むことはないと思いマス!…多分だけど。来年違うこと言ってるかもしれないケドー。
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APOGEEはひたすら曲作りの毎日デスー。寝てるわけではありマセンー。
コメちゃんは元気デスー。毎日グースカグースカ寝ておりマスー。
近頃世間では何でもアルファベットに略すのが風流らしい。KY
とか、HKとか。そんな風流で最近のアポジーの感じを表すとす
れば、ADHというところか。
すなわち、アポジー大格闘の日々である。
ツアー後ひたすら曲作りの日々で、2008年春夏はかなりハー
ドな戦いが続いている。ハード、と言っても曲がさっぱりでき
なくなった訳ではなくて、ただ、みんなであらかじめ決めた方
向になかなか進めないという話。曲は着実にできている。制作
ペースが遅いことで有名なアポジーにしては、むしろ割といい
ペースなんじゃないかな。しかもそのどれもがASな、すなわち
アポジー的に新感覚な曲ばかり。少しづつライブで披露してい
く予定なので、KG。乞うご期待。
そうこうしている間に、気がつけば30才になってしまった。SK30
。いつまでもルーキー気取りで阿呆面さらしてばかりもいられ
なくなってきた。まだ何も成し遂げていない気がするのは気の
せいにするとしても、昔何となく描いてた30才のイメージとの
ギャップはかなりデカイ。自分が30って言っちゃうと、他の30
代の方に申し訳ない、とすら思う。
なんとかしてもっとウダツを上げて、胸はって、自分、30ッ
ス、なんて言えるようになりたいと思うけれど、そのためにど
うするかは今のところMNP、すなわちまったくノープランであ
る。なんて具合に早くも半分開き直っているもんだから、まだ
まだしばらく阿呆面だろうけど、そこはひとつよろしくお願い
します。こんなADHでSK30な夏、The TingTingsでも口ずさみな
がら気ままにやっていきますか。
さすがにそろそろ更新せんと、ということで書きますよ。
とにもかくにも「Touch in Light Tour 2008」が無事終了した。
正直もっとハードな旅になるかと思いきや、全然楽しかった。(笑)
案ずるよりなんとやらですな。
踊ってくれた人、ガン見してくれた人、批評的な視線を送ってくれた人、無邪気に手拍子してくれた人、
ライヴ会場に足を運んでくれた皆々様、本当に感謝です。ありがとう。
各地で対バンしてくれたバンドの皆さんも本当にありがとう。
個人的にはAPOGEEはこれからもっといいライヴバンドになれる予感がしました。
これからそれをカタチにするべく頑張りますので、引き続き応援よろしくお願いします。
それにしても今回残念だったのが、東京以外は鹿の剥製を持っていけなかったことだ。
APOGEEは最近メンバーの機材がかなり増えており、我がアポジー号(ハイエース)に積むことが儘ならなかったのだ。
はっきり言って、もう一人メンバーを連れて回るようなもんである。
大阪のシャングリラの時は、受付に飾ってある鹿の剥製を拝借しようと思ったが、めんどくさい奴と思われたくなかったのでやめておいた。
残念と言えば、買ったばかりのアンプが名古屋のワンマン一回こっきりで力尽きてしまったことである。
正確に言えば、博多でのリハーサルで音が出なくなり、東京へ即座に送りかえすハメになってしまった。
だが、同じアンプをもう一台持ち歩いていたので、今回のツアーはなんとかなったけど。
備えあればなんとやらですな。
もう一つ残念だったことは、以外に本州と九州との間に架かった橋が以外に短かったことである。
アポジー号のメインドライバーの私は、名古屋から運転しながら、さぞ長くて美しい大きな橋が架かっていることだろうと期待を募らせていたのである。
いや、綺麗だったのは綺麗だったけどさあ。
大城曰く、昔テレビ番組で芸人が関門海峡を泳いで渡るという企画があったらしいのだが、それもうなずける。
印象的だったのは、内垣がアポジー号を運転している時にクラウス・ノミを自らのドライビングミュージックとしてチョイスし、それを聞きながら「サビはオペラになるんだ」とか「ドイツ語訛りの英語がオモロイ」とか言ってやたらハイテンションだったことだ。
僕はその時後部座席にいたので、ほとんどの音がマスキングされ奇妙なオペラ調の女性ボーカルしか聞こえなかったので、残念ながらクラウス・ノミの音楽の全体像を把握しきれなかったが、クラウス・ノミをBGMにして運転する人は世界でこの人くらいだろうと思った。
印象的といえば、博多でタイバンしたセルフィン・プレコは強烈だった。
皆が白装束で、お経のような音をサンプラーで流しながら激しくロックしていた。
楽屋では大人しそうな親切な方々だったので、あまりの変貌にびっくりしてしまった。
うーん、スゴイ。
とまあ、ダラダラと振り返れば長くなりそうなのでこの辺でやめておく。
とにかく今回のツアーで得た経験地ははぐれメタル並みだったので、いいフィードバックができると思います。
楽しみにしといてください。
それでは。
~前回のあらすじ~
ネコ拾ったデー。ワーイ。…うーん、面倒くさいので前回の日記ヨンデー。
…ある日の夜、私が(常に20尾は冷凍庫にストックしてある)好物のメザシをメインディッシュに高級ディナーを楽しんでいると、な、なんと、開いた扉の向こうからコメちゃんがこっちの様子をうかがっているではないか!ん~、このコもやっぱり魚好きナノネー。初めてコメちゃんの興味がこっちに向いてきたので、仲良くなるチャンスとばかりに、コメちゃんベクトルの大きさが最大値をとるような戦略を考えることに。
「メザシおいしいな~、パクパク~おいしいな~」と、わざとらしく見せつけて食べるという古典的な方法から試してみた。すると、あっさりとこちらに寄って来たので、多少拍子抜けする。
しかしながら、コメちゃんも「口が開きっぱなし」アンド「歯が出っぱなし」のおマヌケ顔の馬鹿のようでいて、実は相当な手練であり、いきなりメザシに飛びかかるのではなく、懐柔策をとるという高等テクニックを使ってきた。
いきなり「ゴロニャン~ゴロニャン~スリスリスリ~」と甘えてきたので、こちらも「フォッフォッフォ、なんじゃ甘えてきよって、コメちゃん。かわいいやっちゃのう。フォッフォッフォ。お前さんの腹の中は読めておるが、しかしココはダマされたフリをしてメザシをあげよう。どうじゃ、大人のやり方じゃろう。フォッフォッフォ」と、とっさにではあったが確実な対応する。
初めてちゃんと(警戒しながらも)ナデナデさせてくれたので、ごほうびとして小骨をとって噛み砕いたメザシの身をお皿にのせて目の前に差し出してやる。
すると、ものすごい勢いで食べ始めたのだが、ガツガツかじりながら「ニャーニャー」鳴こうとしているのか「フヒャ~フヒャ~」とかよく分からない声をあげている。
食べ終わった後、コメちゃんはまた勝手口の床下の寝床にそそくさーと戻っていってしまった。
この日を境に私とコメちゃんとの距離は一気に縮まったのであった。
ちなみに次の日の高級ディナーはまたもやメザシなのであった。
ちなみにそのさらに次の日の高級ディナーはマグロの刺身であった。しかし、コメちゃんは生の魚には全く興味を示してくれないのであった…。
そんな感じで数日が過ぎると、コメちゃんも安心してきたのか、床下ではなくダンボールで作ったベッドや使わなくなった椅子の上に置いたクッションで寝るようになった。
あるとき、家での仕事の合間になんとなくコメちゃんの顔を見てみると、なんだかいつもと違う。「あれ?なんなんだろな」と、また仕事に戻ってしばらく経ってから気がついた。
「あー、口が閉じてた!!」
いままでは唯一残っていた右あごの下の犬歯が斜め上を向いて突き出ていたので、必然的に口が半分開いていたのである。もう一度確認に行ってみると、その犬歯が、なんと口から真ん前に突き出していたのである。こんなにアグレッシブなコメちゃん見たことない!!ボタンを押したら真正面にピュ~ッとロケットのように発射できるのではないかと思い、一生懸命ボタンを探したが見つからない。(しかし、見つかったところで、もしかしたらそのボタンが「押したらコメちゃんが大爆発しちゃうよボタン」とかだったりして、それに気付かずに押しちゃってコメちゃんが大爆発しちゃったりしたら困るので、見つからなくてヨカッタってことにしておくのも悪くない)。
とりあえず、なんかオモロイのでその歯は抜かずに、そのままにしておく実験。
数時間後、私が高級ディナーを食しているところにやってきたコメちゃん。なんだか、さっきのとはまた異なる違和感…。
「!!ギャフン!!ハ、歯が抜けちゃってるワーン!!」
とりあえず、抜けた歯の捜索を開始。なんだか記念にとっておきたかったのである。家中の床とかコメちゃんゴハン皿とかいろんなとこを探すが見つからない。
こういう話を聞いたことがある。ネコにも人間同様に歯の生え替わりがあるのだが、どうやらネコの場合、ゴハンを噛んでいるときにその圧力で歯が抜けてしまい、そのままゴハンと一緒に飲み込んでしまうことが多い、と。
ウーン、コうなったらしょうがない、明日の朝のコメちゃんの排泄物を解剖することに決定ー。
そして翌朝。割りばしを片手に準備万端でコメちゃんトイレのフタを開けるも、あっさりと解剖をあきらめる。ダッテ~、コメちゃんのウ*コ、クサイ~。しかも、トイレ砂に水分吸われてコメちゃんのウン*、カタイ~。割りばしじゃ歯がタタナイ~。
…という、完全に歯がなくなってしまったコメちゃんのおハナシ。
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ついにこの日がやってきた。そう「コメちゃん初めてのお泊まり」である。
我らがAPOGEEが9mm Parabellum Bulletとのツアーに出てしまうので、コメちゃんは友人夫婦宅に2週間預けられることになったのだ。
知らない人の家にいきなり預けられる上に、しかもその家には老ネコが2匹もいる。(クマちゃん・オス、ベベちゃん・メス)。人見知りのコメちゃんには相当高いハードルである。
預ける当日、プラスチック製のペットキャリーをガコガコと組み立てていると、ただならぬ気配を察したのか、コメちゃんはサササーっと久しぶりに勝手口の床下に隠れる。が、容赦無く伸びる手に抱き上げられ無理矢理ペットキャリーに押し込まれるコメちゃん。むこうで不安がらないようにコメちゃんニオイ付きタオルと、トイレを間違えないようにコメちゃんトイレの砂を少々持って出発。
最初は不安げに「ニャーナーニャーナー」怒っていたが、しばらく経つと諦めたのだろうか、たまに「フニャ~」とチカラなく鳴くだけのドナドナ状態に。道中、なるべくペットキャリーが揺れないように胸に抱きかかえて持っていたので、腕がシンドイー。
友人宅までは電車で40分ほど。コメちゃんが鳴いたりして迷惑をかけないように、なるべく人の少ない車両を選び、もし万が一迷惑をかけても文句を言われないように周りを睨みつけながら電車に乗っていたのだが、特に問題なく目的の駅に到着。
途中、電車を乗り換える際にホームで待っていると、動物好きと思われる人々がペットキャリーをノゾイていく。幾人かは「白ネコですね。オッドアイ(左右の目の色が違うという特徴。コメちゃんは右が黄色、左が水色)だー。かわいいー」とか、声をかけてくれる。面白いのは声をかけてくる全員が「このネコちゃんのお名前は?」と聞いてくる。教えたところで多分もう二度と会うことはないんだろうし、もし会ったとしてもドーセまた同じこと聞いてくるんダローニー。…とか思いながらも「コメちゃんですー。ヨロシクネー。エヘヘー」とか言ってるわけなんダケドー。
ひとりこういうことを言う人もいた。
「僕の彼女もネコ好きなんデスヨー」
「モテそうにないオーラ」が後光となって差している、漫画に出てくるようなステロタイプの、まがうかたなきアキバ系のおっちゃんである。ネコの話じゃなくて、イキナリその彼女の話を始めた。多分よっぽど彼女がいることをアピールしたかったのであろう、よっぽど彼女が出来たことがウレシかったのであろう。嬉々として話し続ける彼に、なぜか私も「ヨカッタネ」と言ってあげたくなった。でも、乗り換えの電車が来てくれてホッとしたのは事実ヨー。
さて友人宅に到着。コメちゃんが来るのをイマカイマカと待ちわびていた夫婦に迎え入れられる。
が、しかし!!
部屋の奥に鎮座するは、この家の本当の主と言うべき貫禄を持ったクマちゃん・ベベちゃん!!カラダもコメちゃんよりずっとデカイ!!
…果たして、人見知りで臆病なコメちゃんはこの老ネコたちに受け入れてもらえるのであろうか!!
『吾輩はネコ好きである・その3』へつづく
(次はコメちゃん、新幹線に乗っちゃうヨ!!)
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そういえば、APOGEEはセカンドアルバム『Touch in Light』をリリースしましたヨー。
ゼヒゼヒ買ったり聴いたりしてくださいナー。
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